人生を変えたきっかけは、個人塾への1本の電話でした。

人生を変えたきっかけは、個人塾への1本の電話でした。

こんばんは、小学生のとき国語が苦手だったKeiCampbellです。

このブログの名前の一部になってる「LOCAL TRAIN」は、私にとってとても思い入れのある名前です。

この記事ではLOCAL TRAINの由来をこじんまりと語ろうと思います。

小学6年生の冬

高卒の母親が私を塾にぶちこんだ。

中学生になる直前の3月、母親は私の国語の成績に絶望していました。

母「きっと中学から始まる英語もクズな点を取るに違いない。そうだ、英語専門塾にぶちこもう!」

私はこうして生まれて初めて塾に入ります。

私の地元は市の中でちょっと学力が低めのエリアでした。ヤンキーも多めです。

中学に上がる前に、もう少し学力の高いエリア(別の中学に行くため)に引っ越す家庭もいました。

私立の中学に進学する同級生は120人中3人くらいです。

このまま地元の中学に通うと高校受験に耐えうる学力が身に付かないことは、一部の保護者の間でよく話題になっていました。

なので中学に入学すると同時に塾に入る子が多くなります。

英語専門塾「LOCAL TRAIN」との出会い

私が入塾したのは夫婦で営んでいる個人経営の英語専門塾です。

国語が苦手なので同じ言語科目の英語も苦手になるだろう、という理由で入塾しました。

ほぼ保護者間の口コミでしか存在を認知されていない秘密の塾でした。

私の母親は偶然近所の同級生がそこに通っていたので、その子の保護者からLOCAL TRAINを紹介されます。

入塾に際し、生徒である私が塾長(夫・当時推定45歳)と電話で意思確認を行います。

塾長「やる気あんのか?」

小6の私「ありまーす。」

これが入塾審査でした。

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中学3年生の冬

英語が唯一の得意科目だった中学3年間

さすが英語専門塾でした。中学3年間、英語で苦労したことは一度もありません。

テストでも80点以上はキープできました。ちなみに国語と数学は50点くらいでした。ぼろぼろです。

国語が苦手でも英語は得意科目にできるということを実感しました。特に母親が。

中学最後の試験である県立高校入試では94点/100点をゲットしました。

10代最大級の過ち

高校入学直前に、このままLOCAL TRAINで英語を続けるかどうかの選択を迫られました。

9割の生徒は中学で卒業していくと聞いていたので、私も中学卒業と同時に塾も卒業しました。してしまいました。

高校に入ってから、これが最大の間違いであることに気づきました。。高校3年生のときです。

もしあのまま続けていれば、英語が得点源のまま大学受験を迎えられたのにと、今でも後悔しています。

社会人1年目の冬

怪しい友達に背中を押される

中学で卒業してから10年、私は大学院を卒業してとあるメーカーの技術者として働いていました。(今も)

学生時代は塾講師のアルバイトに没頭していたため、技術者として機械を相手に働くより、子供を相手に働きたいという思いが強くなっていました。

「いつか自分の塾を作りたい!」

おそらく塾講師のアルバイトにハマった人なら誰もが思う夢だと思います。私の周りにもたくさんいましたし。

社会人になって出会った怪しい友達(金持ち父さんの本をめっちゃおすすめしてくる&変な組織の一員)に「塾作りたいんだ!」と情熱を込めて話したところ、

「そんな情熱ある人なら、とっくに行動してるはずだけどね。ところで今度おすすめのセミナー・・・」

と鋭い一撃を浴びせてきました。

この一言で私は目覚めます。

セミナーには行きませんでした。

10年ぶりの塾長との電話

目覚めた私は、次の日にLOCAL TRAINの前まで行き、まだ塾として活動しているか目視で確認しました。

その日は偶然、塾の看板が出ていたので電話番号をメモって帰宅しました。

突然訪問する勇気はなかったので、電話で私のことを覚えているかチェックをしようと思ったのです。

そして、塾に電話をかけます。

私「10年前、中学3年間通っていたKeiCampbellです。お久しぶりです。」

塾長「覚えてるぜ!」

・・・

私「塾の開き方など、ノウハウを教えてほしいのですが、、」

塾長「一度塾に来いよ。」

という3分足らずの電話で、塾長夫婦との面談日程が決まりました。

再び塾講師になる

面談は5時間にもおよび、私の中学卒業後から社会人になるまでの歴史、塾講師にハマった理由など、細かい思想まで話すことができました。

塾長「ここで理数科目の授業をやればいい。」

塾長の一言で、私は英語専門塾で理数科目のクラスを開設することになりました。社会人1年目の2月のことでした。

4月から授業が始められるように、いまLOCAL TRAINに通っている生徒で、数学を希望する子がいるか確認してくれました。

するとタイミングよく、ある一人の中学2年生の少年が志願し、友達も一人連れてくるということに。

かくして私は10年ぶりにLOCAL TRAINに先生という立場で復活することになりました。

人生、タイミングです。

たった一度の電話で、退屈なサラリーマン生活に華を添えることができました。

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退屈しない人生のために

LOCAL TRAINとは私の退屈な人生を刺激のあるものに変えてくれた塾の名前です。

塾長夫婦には再びお世話になり、良き話相手になってもらっています。

社会人一年目に出会った怪しい友達にも感謝です。

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