30代で見直すZガンダム。一人「刻の涙を見る」会を開催。

30代で見直すZガンダム。一人「刻の涙を見る」会を開催。

こんばんは、ガンダムオタクのKeiCampbellです。

世界には2種類の男がいて、ガンダムの世界に浸る者と、そうでない者です。

私は小学4年生のころにハマり始めましたが、その熱は冷めることを知らない。

最近は20年ぶりにZガンダムを見直していますが、30代になってからだと感じ方が違います。

Zは間違いなく傑作。当時はW派だったのに。

Zガンダムはどんなお話?

Zガンダムは、ガンダムシリーズの2作目として1985年にテレビ放送されました。

ちなみに「Z」は「ゼータ」と読みます。

1作目のガンダムより複雑 

1作目のガンダムでは、地球連邦(地球側)とジオン公国(宇宙側)の対立を描いていますが、それから7年後を舞台にした2作目のZは状況が複雑です。

 

Zでは、完全に腐敗した地球連邦(ティターンズ)、反地球連邦(エゥーゴ)、ジオン残党(アクシズ)の三つ巴の戦いとなります。

1作目の主人公アムロ・レイは地球連邦に所属していましたが、2作目の主人公カミーユはその敵対組織のエゥーゴに所属します。

 

1作目と2作目で逆の立場となるのが当時はかなり斬新だったと思います。

話が暗い

もしかすると、ガンダムにあまり興味を持たない人にとっては、日曜朝にやってる戦隊シリーズとたいして変わらないと思われているかもしれない。

毎回、自軍の秘密基地に敵のロボットが攻めてきて、ガンダムが返り討ちにする話、だと思っているのだとしたら、非常にもったいない。(戦隊ものに失礼ですが。)

 

ガンダムはそういう単純な敵と戦うアニメではなく、現実世界の延長線上で、もし人類が宇宙に進出したらどうなるか?をかなりリアルに描いたものです。

 

現代社会が西欧圏と共産圏で対立しているのと同じで、1作目では地球側と宇宙側での対立が描かれていて、2作目はもう1つの勢力が登場する。

実際は現実においても西欧圏と共産圏の2つだけではないので、Zはよりリアルさが増します。そして複雑化する。

アニメとはいえ戦争が軸にあるので、話は必然的に暗くなってしまいます。

 

中学生の頃は戦闘シーンばかりに目が行ったけど、大人になり、ある程度現実社会の知識が増えた後に見るZガンダムは、キャラクター同士の会話の濃さに引き込まれます。

そして余計に話が暗く、切なく感じる。

スポンサーリンク

刻の涙を見る

ガンダムの世界では長期間の宇宙空間での生活による影響で、第6感のようなセンスに目覚める人々がいます。(ニュータイプと呼んでいる)

そういうニュータイプの人は時々戦闘中に「あぁ、刻が見える。」とか口走ったりする。

刻は「とき」と読みます。

この場合の「刻」が何を表しているかは色んな解釈があり、その解釈について語り合うのがガンダムオタクにとって楽しい刻。

 

アニメ版でのZガンダムでは、次回予告の締めに毎回入るフレーズがあります。

それが 「君は、刻の涙を見る。」です。

このフレーズでの「刻」の意味が、30代にもなると自然と分かってきます。なんとなく。

 

この「刻」の意味を解釈するのに欠かせないキャラクターがいます。

フォウ・ムラサメというティターンズ(主人公の敵サイド)の一兵士です。

彼女は、ニュータイプを人工的に作り出す研究をしているムラサメ研究所の4番目の実験体。

彼女は、ニュータイプの操るモビルスーツ(例えばガンダム)と戦うために改造された強化人間です。登場時なんと16歳。

フォウ・ムラサメ(の似顔絵)

 

Zガンダムの主人公カミーユはフォウ・ムラサメと出会い、お互いが敵同士であることに気付きつつも惹かれ合う。

 

敵を倒すことをプログラムされたフォウは、カミーユの乗るガンダムと戦うが、かすかに残るカミーユとの記憶が蘇り、最後はカミーユをかばい味方の攻撃を受け命を落とす。

 

まさに「刻」の涙を見た瞬間でした。

 

中学生時代に観たときと違い、「嘘だろフォーーウっ!」と叫ぶカミーユの悲鳴が心に刺さる。

退屈しない人生のために

最近は仕事や塾の授業準備が忙しく、精神的に若干疲弊気味。

こんなときはアニメや映画を観るとだいぶ落ち着く。

意外と授業をするだけなら息抜きにもなる。

2019年もあと1週間。Zガンダムで栄養補給しつつラストスパートをかける私。

 

君は、刻の涙を見る。

 

 

趣味の日記カテゴリの最新記事