高次元な「大人として恥ずかしい」を学んだ一日。

高次元な「大人として恥ずかしい」を学んだ一日。

こんばんは、恥を捨て女性ファッション誌を買うKeiCampbellです。

2年前に部署を異動してから競合他社との会議に出席することが多くなりました。

こういう場は社内と違って気が引き締まる。

もし、いつも通りのだらしない態度が出てしまうと恥ずかしい思いをしてしまう。笑

一方、同い年の議長(競合他社)はもっと高次元なところで、”恥ずかしさ”について考えていた。すごいなぁ。

大人として恥ずかしいとは?

普段の通勤時や街中を歩いているとき、「大人として恥ずかしくないのかな?」と思う人を見かける。

もちろん会社内にもいる。

挙げればきりが無いのでおおざっぱに、
1、公共のマナーを守れない人
2、我関せずな人

の2種類に大別できそう。

公共のマナーを守れない

公共のマナーを守れない大抵の人は、自宅にいる気分で行動しているんだろうなと思う。

最近見かけたのは、不特定多数の人が行きかう駅の改札の前で、楽しそうにおしゃべりしている老人たち。

すぐそこのドトールに行っておしゃべりするか、電車に乗るかさっさと決めてほしいですよね。

そこは自分の家の玄関ではないのです。

我、関せず

我関せずな人は、会社でちらほら見かける。

なるべく言われたこと以外の仕事はしなかったり、作業レベルの仕事だけをこなそうとする。

そういう人が同じ部署にいると、誰かの仕事が代わりに増えていく。

 

自分の仕事を減らして楽になろうという考えはアリだと思うけど、我関せずに徹して目を逸らすのは別。

私が勤めている会社では給料に差が出にくいので、楽になりたいと思うのは自然なんですけどね。

 

そして今までで一番、我関せずタイプでイライラしたのは学生時代。

塾のバイトで日曜日にテスト対策の授業をするんです。

生徒数は15人くらいで、私を含め講師(大学生)は4人。

講師1人に生徒3~4人なので、人員は足りていました。

授業は英語と数学の2回ずつで、間に休憩をはさむ。

 

しかし、休憩中に私以外の講師3人が「用事があるので帰ります。」と言い残し、消えた。

この後の授業ってどうなるんだろうと心配していましたが、その嫌な予感は100%的中。

 

教室長はそのことを把握していたが、その対応のことは考えていなかった。

もちろん、私が15人の授業をするのだが学年も教科もバラバラ。

 

明らかに教室長の管理不足(無能さ)が原因だが、教室長だけでなく我関せずと消えた講師3人にも腹が立った。(その講師たちは悪くはないんだけど。)

 

このテスト対策授業以降、私は生徒からの人気が上昇した。笑

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周りが見えていない

おそらく、公共マナーを守らない、我関せずタイプの人って、周囲のことを見ていないんだろうなと思う。

つまり自分を客観視できない。

もしくは開き直っているか。

 

このような大人として恥ずかしい行動を挙げていくと、自分にも当てはまっている部分も見つかってくる。

まさに「人の振り見て我が振り直せ」を実感します。

 

特に「我関せず」な部分は、なかなか認めたくない自分の欠点の一つ。

少なくとも仕事の面では改善していきたいものです。

上司は私のそういう部分を見ていても、全然怒らないから逆に困る。笑

同い年の高次元な「恥ずかしさ」にビビる。

前置きがかなり長くなったけれども、先月、競合他社数社の代表が集まって会議をした。

割と30代のおっさんが多く、歳が近いので良い刺激になる。

 

一つの会社に居続けると視野とか人間関係が狭くなるので、変な常識が染みついてしまうんですよ。

自分の所属する会社の習慣とか考え方に染まってしまう。

と言っても競合同士が集まったところでまだまだ視野は狭いのですが。

 

会議を取り纏めている議長は同い年で、バリバリ働くサラリーマンだ。

スーツの着こなしもかっこいい。だが、未婚だ。

そんな議長が会議である報告をした。

ざっくり言うと「この会議で自分が把握しているべき内容を、別の会議で初めて耳にした。」というもの。

 

一般家庭を例にすれば、

「学校から渡されるプリントを子供が無くしてしまい、クラスメイトの親からプリントのコピーをもらう。」といった感じ。

親としては恥ずかしいことだと思います。私もよくプリントを無くして親を怒らせていました。

 

この場合、”子供”が会議のメンバーで、その親が”議長”です。

本来、メンバーから周知してもらう情報を、別の会議の人から教えてもらった。ということ。

議長にとっては、自分の会議体が”統率の取れていない状態である”と見なされたと同義で、とても恥ずかしいと言っていた。

 

たぶんリーダーとか管理職を経験しないと味わえない恥ずかしさなんですよね。

私はただの下っ端社員なので、個人としての恥ずかしさのことだけを考えてきた。

自分では恥ずかしくないと思っていても、上の人たちからすれば「大人なのに恥ずかしくないのかな?」と見られる行動とか言動をしているかもしれない。

歳が近く、しかも身近に議長のような人がいて良かったと思った一日でした。

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退屈しない人生のために

お絵描きの素材を探すためによくファッション雑誌を買う。

安定の「FUDGE」に加え、最近は「CanCam」もいいなと思ってる。

CanCamは周期的に中条あやみ氏が登場するので、毎月中身をチェックしています。

でも、本屋で立ち読みするのは少し恥ずかしいし(隣で立ち読みしてた女子も若干距離を取るし)、買うときレジの店員が女性だとさらに恥ずかしい。

店員「(このおじさん、中条あやみが目当てなのかしら?そのページだけ切り抜いてファイリングしてるのかしら?)」

こんなことを想像しているかもしれない。

そんなときは、架空の妹のために買ってあげる設定で挑む。

すると周囲の視線はまったく気にならなくなる。

◆◆Can Cam(キャンキャン) / 2020年1月号

1月号はもう書店に売ってないけど、貴重なウラジオストク特集が載ってるので興味があれば買ってみてね。

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