学校であだ名を禁止する前に考えること

学校であだ名を禁止する前に考えること

こんばんは、新入社員時代に社長と呼ばれていたKeiCampbellです。

たまたま当時の社長と苗字が一緒だったことから、「経営理念教えてー笑」と同期にいじ(め)られていました。笑

上司にも「まさかの(社長の)御子息?」とか言われる始末。

こんな風に昔のあだ名を思い出してみると、それがアイデンティティの一部になっていたりするので、あだ名の禁止は反対ですね。

禁止されるとしたくなる?

Twitterでちょっぴり話題になってる、いじめ防止のためのあだ名禁止問題。

「何かあったらすぐ禁止」な相変わらず雑な対応で、苦笑いが止まらない。笑

 

あだ名に限らず、禁止されたものは心理的に”したくなる”し、歴史的に見ればより一層熱狂的になりうる。

 

江戸時代にキリスト教が禁止されていたころ、幕府に見つからないように隠れて活動をしていた「隠れキリシタン」がいたように。

(隠れキリシタンと言えば、長崎のキリスト教会が世界遺産に登録されましたよね。)

 

今は宗教(信教)の自由が憲法で保障されていますが、隠れキリシタンのような宗教への熱狂感は逆に感じられません。(江戸時代での熱狂感は経験したことないけども)

 

もし、少なくとも学校にいる間はあだ名が禁止になるとすれば、先生の聞かれないところで密かにあだ名で呼び合う文化が生まれるかもしれません。

秘密の名前(あだ名)を持つことがブームになり、いつの日か「ムスカ世代」と呼ばれる、なんてことが起こるかもしれない。(意味わかる?笑)

「お前の古い秘密の名前、何だった?」みたいな会話を大人になってするのも面白そうですよね。

 

実際、昔どんなあだ名で呼ばれていたかをたまにですけど雑談することもあります。

私は今まで「ドラゴン」「昭和」「ポテト」「姫」「ごまドレ」などなど、これ以上にないピッタリなあだ名を付けられた幸運な人たちを見てきました。

まさにその人たちのアイデンティティの結晶のようなものです。

 

中にはいじめ寄りなあだ名を付けられてしまったケースもありますけど、無限通りあるいじめの方法のうち一つを禁止するメリットと、あだ名が作るアイデンティティを消してしまうデメリットでは前者の効果はゴミでしょう。

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ルールは運用方法とセットで作る

先ほども述べた通り、キリスト教が禁止されていた江戸時代では熱狂的な隠れ信者がいました。

彼らが幕府の役人に見つかると大変なことになってしまいます。

 

私は学校の社会の授業をスルーしていたので、このような歴史を映画「沈黙」で詳しく知りました。笑

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「沈黙」は、日本の長崎に入国し布教活動するキリスト教宣教師の話です。(本当は内容もっと深いし、小松奈菜ちゃんが出演しているので語ると長くなる)

 

隠れキリシタン(外国の宣教師含む)が幕府の役人に見つかっていまうとどうなるかというと、「沈黙」の中での描写では海に沈められ殺されてしまいます。

 

「沈黙」の予告編でご覧になれます。

 

もし真面目に「あだ名禁止」をルール化するのであれば、当時の幕府のように、どうやってルールを機能させていくかという運用方法についても決めるべきです。

  • ルール違反をどう検出するか
  • 違反者をどう処理するか
  • あだ名の代わりにどう呼ぶか

などなどです。

 

例えば、生徒に盗聴器をつけてあだ名を検知したら風紀委員が飛んでくるとか。笑

そしてあだ名の代わりに、北朝鮮のように苗字に「同志」を付けて呼ぶとか。笑

 

映画「デモリションマン」では、近未来の清潔な世界で「ガソリン」などのNGワードを発言するとAI?に違反切符を切られる。笑

 

学校の中でのルールを決めるのは、授業と違って面白みが少ない仕事かもしれないけど、教員はこういう部分でしっかり汗かかないといけないと思います。

禁止事項だけ決めて、違反に気付いた時だけ「ダメ!」と注意したところで、そんなルールは定着しないでしょう。

退屈しない人生のために

あだ名に限らずいじめは無くならないものです。

変なルールなんか作らずに、子供同士で解決できるように教員が働きかけれたら良いんですけどね。

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