こんばんは、慧です。
もうすぐで3学期が終了するというところで風邪を引き、花粉症とのダブルパンチを味わっています。
喉は痛いし鼻は詰まるし目は痒いしで、五感のうち3つをやられた。
そんな時、風邪を引く直前に買った自分への「一年間お疲れ様」のご褒美が届きました。
自分の中ではかなり奮発したけれど、アラフォーのみなさんは自分へのご褒美にいくらくらい使うのでしょう?

安すぎる自分へのご褒美
自分へのご褒美は、旧東ドイツのハーフカメラ「Penti」です。

当時の東ドイツで婦人向けに販売されたカメラで、見た目はシャンパンゴールドが眩しく丸みを帯びたポーチのよう。
正面と裏面のシャンパンゴールドに挟まれる、中央のボルドーがいい感じです。実物は見たことはありませんが、中央の色にはいくつかバリエーションがあるようです。

裏蓋を開けると「ラピッドシステム」であることが分かります。現行のフィルムは直接装填できませんが、専用の「ラピッドカートリッジ」があれば問題なく使えます。

画像サイズはハーフフレームで、オリンパスPENシリーズと同じ。
下の写真は実際にカートリッジにフィルムを入れて装填した状態。

圧板を押さえる金具が元々なかったので、仮の部材(スポンジゴム)を貼りました。
ちなみにカメラの値段は5000円。
普段2000円前後でジャンクカメラを買う私からしたら高額商品だけれど、Pentiでこの値段は破格です。
相場の半額~3分の1でしょうか。
1年間教員生活を頑張ったご褒美にと、これでも奮発したほうなのです。
そこで、ChatGPTで「アラフォー男性の自分へのご褒美相場」を調べたところ、平均で3万円弱だそうです。
それに比べて高校生の一日のバイト代で満足する私。
もし高校時代にフィルムカメラの修理や撮影にハマっていたら、毎月一台ご褒美を買って、友達と撮影に出かけたり作例をインスタに投稿したり、満足度はアラフォーの今より何倍も高かっただろうなと思います。
そんなことを言ってしまうと、もっと勉強していればとか、もっと遊んでいればとかキリがないので、しっかりと今を楽しもう。
同じラピッドシステムのカメラで撮った作例は、過去に記事にしています。
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一人分の人生では足りない
3学期最終日まで残り2週間となりました。
1年間、中学年のクラスを担任して自分の持ち味というか、手札のようなものが分かってきました。
算数や社会のような教科指導の面の他に、子どもとのコミュニケーションの内容などです。
主に授業中、子どもに「教科書には載っていないけれど伝えたいこと」を話す場面は多くあり、大抵は私自身のエピソード(昔話)を紹介しています。
40年生きてきたので、おおよそ小学生の4倍の時間は世界と触れ合っている。
それでも子どもに伝えたいと思うエピソードは、自分ひとりだけの人生ではかなり不足するものですね。
そんな私の手札を増やすには、この年になると実体験だけでは追い付かないので、本からも吸収していこうと思ったわけです。

写真の4冊は今読んでいる本で、だいぶ古いものを選んでみました。
どれも読み終わっていないけれど、その日の気分で選び読み進めている。
後世への最大遺物
まずは「後世への最大遺物・デンマルク国の話」。
父親が尊敬している人の一人、内村鑑三の本。
人はこの世界に何を遺していくべきか、について書かれています。
シルクロード(上)
1930年代、スウェーデンの学者ヘディンがシルクロードを探検したときの記録。上下巻あり。
ヘディンの日々の様子が細かく書かれており、序盤からヘディンの知り合いが登場人物としてたくさん出てきて混乱します。
探検の記録というよりも、毎日の困りごとがメインな印象。
ですが、「何かを発見した」と同じくらい「こういうことで困った」という情報にも価値があるように思えますね。
次にシルクロードを探検する人への貴重な情報源になるし。
教えるということ
大村はまの本。
教員なら誰でも知っているであろう、大正生まれの教員。
私がこの本を知ったのは、15年ほど前にmixiで知り合った教員友達がきっかけ。
「教員は学び続ける姿を子どもに見せる存在」と言うが、これは教員に限らないなと思う。
両親だって、周りの大人もそうじゃない?
ご冗談でしょう、ファインマンさん
物理学者ファインマンのエッセイ。上下巻あり。
小学生時代にラジオを直す話から始まり、ファインマンの好奇心と集中力に驚かされるエピソードが多数収録。
理系の知識があると面白さは増すだろうけれど、読むのに物理学の知識は必要ありません。
退屈しない人生を共に
読書をしていて思うのは「どうしてもっと早く読んでおかなかったんだろう」ということ。
本を読めば人生が一転するとまではいかなくとも、物事の選択肢の幅が広がっていたのかもと思うことが多い。
そして「本をたくさん読んで優秀な人物になりたい」というわけではなく、「出会った本や映画の数、種類の分だけ人として尖っていきたい」という思いが強い。
児童や同僚の教員たちに話す言葉に、もっと価値をつけていきたい。

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